クライアントとして出会ったNPD。
意欲と経営陣の能力に圧倒された。
私が就職活動をしていた1998年は就職氷河期で、リストラという言葉が新聞に出始めていたころでした。「何十年も働いてきた会社から一方的に首を切られて」という感傷的な記事を読みながら、どこか冷静に「能力が足りないからそうなったのではないか」と感じていました。「自分はそうはなりたくない」、「どこに行っても通用する人材になりたい」、「就職するのであればビジネスマンとして成功を目指さなくては」、と直感的に思いました。同時に、人生は短いので若いうちに人の何倍も努力して一生分稼ぎ、できるだけ早く引退したい、という思いもありました。そこで、普通に就職をするのではなく、将来的に自分が経営者になるためにはどうすればいいかを考えるようになりました。そして在学中に英語のダブルスクールをして語学を身につけ、アメリカの公認会計士の資格を取り、修行の場としてコンサルティング会社に入社しました。さまざまなベンチャー企業と仕事をする中、クライアントの一つにNPDがありました。当時、23歳と若かった私は、成長に対する意欲、ビジネスモデル、商売に長けた経営陣を見て圧倒されたのを覚えています。「絶対にこの会社は上場するだろうな」と確信しました。結局、上場を見届ける前に、ゴルフ場の再生ファンドプロジェクトに携わることになり、悔しかったのを覚えてます。そこでは大規模な会社更生案件として管財人チームの一員となり、ゴルフ事業のMA、そして再生事業に携わりました。当時まだ20代半ばの自分にとって、非常にシビアかつエキサイティングな仕事でした。当時、既にコンサルティング会社からその会社へ転籍しておりましたが、このままこの会社で経営にも携わりたいと思いはじめた頃に、以前お世話になった当時のNPDの副社長の氏家さんから「一緒に仕事をしよう。CFO(最高財務責任者)としてやってみないか」と誘われました。とても悩みましたが、最後は、どちらを選んだ方が後悔しないかと考え、結果、NPDに転職して茨の道を歩んだ方が自分を鍛えられると信じ、29歳の時に転職を決めました。